2013年3月22日金曜日

NHK堀潤アナ「脱原発」で退職 上司と「最後の談判」つぶやいていた


「早速、今は渋谷に向かっています。これから上司達と面談です。今日、予定していた番組打ち合わせや週明けの収録がキャンセルになったので、じっくり向かい合って話してきます」


NHKの堀潤アナウンサー(35)がこうつぶやいたのは、留学中の米国から戻ってきた直後、2013年3月16日午前のことだった。のちに判明するが、この2日後に堀アナは退職届を提出、NHKを去ることを正式に決める。



「きょうの料理」での復帰突如白紙に

堀アナといえば、「ニュースウオッチ9」リポーター、「Bizスポ」総合司会などを務め、お茶の間にもよく知られた人気アナの一人だ。2012年3月からは米カリフォルニア大学ロサンゼルス校に1年間留学、この4月に帰国してからは、長寿料理番組「きょうの料理」(Eテレ)と、美容番組「女神ビジュアル」(BSプレミアム)を担当する予定だった。



一方で堀アナは東日本大震災以来ツイッターを通じ、主に原発に批判的な立場から活発な発言を続けていた。フォロワーは一時最大10万人を数え、拙速な原発再稼動への批判、



「国や組織に期待してはだめだ。もうだめだ。僕らで動こう。僕らで考えよう。僕らでこの国を変えよう。だって、僕らの国なんだからさ」(11年12月)

など、NHKアナとしては異例のかなり踏み込んだ発言も少なくない。そのため、春からの復帰先がいわば畑違いの「きょうの料理」だったことには、ネットを中心に「報道部門から遠ざけられた」と見る人も相次いだ。



そしてこの3月に入り、両者の関係は決定的に悪化する。



堀アナは留学期間を利用し、UCLAでドキュメンタリー映画「変身」を制作していた。福島やスリーマイルなどの原発事故を追った内容で、3日に堀アナが完成を発表、UCLA内で上映されたほか、ロサンゼルス市内での市民向け上映会も予定されていた。



ところがNHKは、堀アナに対して上映の中止を指示した。NHK広報部は「映画の内容を理由に、中止を求めたものではありません」としているが、堀アナは3月11日、中止の理由は映画の政治性だとして、ツイートに憤りを滲ませた。

今の日本は太平洋戦争当時と変わらない

「僕がUCLAで作った映画が局内で大問題になり、ロスで米国市民の皆さんが企画した上映会も中止に追い込まれました。『反原発と言われるものは困る』と指摘を受けましたが、事故が起きたことによる不条理な現状を描いているに過ぎません。市民が共有し未来に活かさなくてはならないものです」

「米国市民からは突然の上映中止の通達に『日本ではこれが日常なのか?』と怒りを通り越して驚き理解ができないという声が上がっています。僕が学生の時に研究し太平洋戦争下の状況と本質は変わりません。公共メディアは誰のものか?知る権利を有する市民のものです。表現の自由を有する市民のものです」

さらにNHKが震災直後、大気中の放射性物質の濃度を予測する「SPEEDI」のデータを公開しなかったことについても、「国民の生命、財産を守る公共放送の役割を果たさなかった。私たちの不作為を徹底的に反省し謝罪しなければならない」と主張、自己批判の形を取りつつも、NHKを公然と批判した。



NHKは一連の映画問題を受け、堀アナが出演予定だった春番組の収録をストップした。そして5日後行われたのが、冒頭の面談だ。堀アナはツイッターで、NHKが市民による情報発信(パブリック・アクセス)の受け皿になるとの構想をつぶやき、これを上層部に提言したい、と抱負を述べた。すでにこの時点で、「最後の談判」になるとの覚悟はできていた様子だ。19日には、当人の口から退職が明かされた。



NHKによれば退職後の堀アナは今後、「インターネットを使った次世代の情報発信の方法を確立したい」と話しているとのことで、本人も、



「皆さん。4月に入りましたら新たな形でガンガン取材してそして発信しますので待ってて下さいね」

とツイートしている。一方で、堀アナが急遽降板した「きょうの料理」「女神ビジュアル」の代役は、「これから検討」(NHK)とのことだ。

http://www.j-cast.com/2013/03/21170563.html?p=all

2013年3月5日火曜日

平成23年度電波利用料

平成23年度電波利用料




単位百万円 電波利用料   営業収益

NHK   1867.2  694,577

日本テレビ  419.1  264,820

TBS    416.1  208,581

フジテレビ  388.1  329,013

テレビ朝日  398.2  205,235

テレビ東京  387.3   91,249

【福島第1原発の現状】増え続ける汚染水 溶融燃料手つかず

東京電力は1日、福島第1原発事故発生から2年を前に廃炉に向けた作業現場の状況を報道陣に公開した。放射性物質を含む汚染水は増え続け、敷地内には貯蔵タンクが立ち並ぶ。溶けた燃料をどうやって取り出すかはまだ検討段階で、長期的取り組みを着実に進められるかが課題だ。


 11月には4号機の原子炉建屋上部にある使用済み核燃料プールから1533体の燃料の搬出を始める予定で、クレーンを備えた新たな設備の建設が建屋のそばで進む。



 4号機の燃料は別棟の共用プールに移送される。共用プールには容量の約93%に当たる6377体の燃料が入っている。東電は十分に冷却された共用プール内の燃料の一部を、乾式キャスクという容器に入れて別の場所にある仮保管設備に移し、4号機の燃料を収容するスペースを確保する。仮保管設備には既にキャスクが届き始めている。



 一方、保管中の汚染水は26万立方メートル。貯蔵容量はあと6万立方メートルしかない。東電は2015年までに70万立方メートル分のタンクが必要になるとして、今後増設を進める。



 第1原発の高橋毅(たかはし・たけし)所長は「溶けた燃料の場所の確認、取り出しはいつになるか分からない。米スリーマイルアイランド原発では10年かかった。それより厳しい状態で、10年以上かかると思う」と話した。



 (2013年3月4日、共同通信)
http://www.47news.jp/47topics/e/238832.php


2013年3月4日月曜日

AMラジオ局、FM化検討 デジタル化、聞きにくさ解消

AMラジオ局、FM化検討 デジタル化、聞きにくさ解消 【佐藤美鈴、田玉恵美】文化放送、TBSラジオ、ニッポン放送などのAMラジオ局が、FMラジオへの移行を検討していることが27日、わかった。高層ビルが電波を遮るなどして聞こえにくいことなどから、AMの経営環境は悪化している。聞きにくさの解消を低コストで実現し、生き残りを目指す。災害時に強いラジオを重要視する政府もFM化を後押しする方針だ。




 関係者によると、在京局のほか、関西や地方にも移行を検討しているAM局がある。早ければ数年後の移行を目指す。FMになれば周波数は変わるが、障害物の少ない高い場所から電波を送れるため、聞こえやすく音質も良い。当面はAMも残し、FMと同じ放送を流す見通し。AM局の半数は2020年度までに老朽化した送信所の更新時期を迎え、設備投資額を抑えられるFM移行を目指す局は増える可能性もある。



 FM移行に伴い活用を考えているのは、テレビのデジタル化で空いた「V―Low」と呼ばれる電波帯。これまでラジオ業界は、ここを使ったデジタル化を検討してきた。東日本大震災でラジオが見直され、聞きやすく多様な情報を届けられるデジタルラジオを立ち上げ、災害対策に役立てる構想だ。



 だが、最大1200億円ともいわれる設備投資が負担となって足並みがそろわず、日本民間放送連盟のラジオ委員会では28日にも、業界一丸となってのデジタル化を断念する提案が出る見通し。



 デジタル化が困難になり、政府も27日に放送ネットワークの「強靱(きょうじん)化」を目指す検討会を立ち上げ、FM移行を支援して災害対策に役立てる方針。ただ、既存のFM局の反発や、独自にデジタル移行を目指すラジオ局もあり、今後の行方は不透明だ。



 ラジオ局が変革を急ぐ背景には、厳しさを増す経営環境がある。聴取率は下落傾向にあり、広告収入は1991年をピークに約20年で半減している。


2013年02月28日 朝日新聞 http://digital.asahi.com/articles/TKY201302270601.html?ref=comkiji_txt_end_kjid_TKY201302270601

2010年の日本の広告費

http://www.dentsu.co.jp/books/ad_cost/2010/media2.html

2013年2月25日月曜日

白洲邸 折々の記


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武相荘だより ~白洲邸 折々の記~ 2013年2月25日 第136号



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  お知らせ

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 ★次回、「春展」には毎年恒例の“お雛様”を展示致します。

  京都「丸平大木人形店」製、正子が樺山家より持参したものです。

  展示期間は、3月31日(日)までとさせて頂きますので、ご注意下さい。



 ★お茶処では、お抹茶、珈琲をご提供しておりますが、お花見や紅葉の

時期が近づきますと、お抹茶をご注文される方が多くなるような気が

します。日本人だなぁ、と嬉しい発見をしております。

お抹茶セットのお菓子は、正子が好んだ虎屋製羊羹「夜の梅」・干菓子

「推古」と、時季限定でご提供している「武相荘まんじゅう」・季節の

上生菓子をご用意しております。是非、一服なさって下さい。

  



★展示スケジュール

 2013年

「武相荘─春」2月27日(水)~ 5月26日(日)

「武相荘─夏」5月29日(水)~ 8月18日(日)

 《 夏季休館 8月19日(月)~ 9月3日(火) 》

「武相荘─秋」9月4日(水)~ 11月24日(日)

「武相荘─冬」11月27日(水)~ 2014年2月23日(日)

 《 冬季休館 12月24日(火) ~ 2014年1月7日(火) 》

 



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  武相荘 四季便り

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☆椿…「白侘助」、「紅妙蓮寺」そろそろ終了。

   「黒侘助」、「卜伴」の蕾は、まだ固いです。

    全体的に遅れております。

    

☆梅…お茶処前の紅梅が、やっと咲き始めました。



☆クリスマスローズ…お茶処入口や庭に点在しています。

          咲き始めました。



☆福寿草…紅梅の後方にあります。もうすぐ開花します。







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武相荘のひとりごと

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 我々人間には、解らないのですが、自然の森が減ってきたせいでしょうか。



今年は特に野鳥の食べ物が少ないらしく、早朝から餌を求めて飛びまわる鳥達を



見掛けます。



今年初めて実をつけたであろう十センチ程の南天や、万両のほんの数粒の実や、



玄関先や灯明台の活花の中から、実をつけている枝を目ざとく見つけ出し、食べ



つくしています。そんなに食われちゃ困ると言いたい所ですが、武相荘には、



植えた覚えのない木々が数多くあります。目につく所にあるのは、桜、山椒、



桑などですが、山椒などは、ちょっと困った場所で大きくなり過ぎ、と言って



切ってしまうのも忍びなく、枝を切り、擂り粉木にして、武相荘のショップで



売らせて頂いております。



桑の実は食べ頃になると、必ずと言って良いほど、鳥に先を越されますが、



それでも多少のおこぼれにあずかる事が出来ます。



 正子が晩年を過ごした部屋から見える、いつの日からか花をつける様になり、



彼女が毎年楽しみしていた実生の桜も大木に成りつつあります。



それらの木々は、鳥の糞によって運ばれて来たのに違いありません。







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  正子の著作より

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『 円空の求道心 ──円空展に寄せて 』





初出:「円空展図録」(1982年、宝蔵館)

後に、「私の古寺巡礼」に収められる。

現在:「対座」(世界文化社)

「白洲正子全集 第九巻」(新潮社)





  先日、取材のために飛騨の高山へ行った時、杓子を作っている職人に



会った。今は廃村となった有(う)道(とう)という山村から出た人で、つい最近まで



村全体が杓子の仕事にたずさわっており、「有道杓子」の名で知られている。



元を正せば生地師の流れであろうが、生木を鉈ではつる仕事には、凄まじい



気魄が感じられ、故里を失った職人の、悲しい叫びが聞こえるようであった。

 



その時、私は、ふと円空を想った。円空の彫刻も、鉈ではつっているが、



鉈や鉋が発明される以前の、原始的な手法をえらんだのは、そういう必然性が



あったからに違いない。聞くところによれば、彼は、十二万対の仏を造ることを



念願したというから、先ず早くできることを必要としたであろうし、自らの



信仰の烈しさを表現するためにも、荒々しい鉈彫りが適していたのではないか。



そのあるものは殆んど仏の形をしてはいず、風雨にさらされた自然の立木の



ように見え、あるものは山陰にうずくまった巌のような姿をしている。現代人は、



そこに言語を絶した造型を見、極端にデフォルメされた美を感ずるらしいが、



それは近代のオブジェ主義に毒された鑑賞で、円空にとっては無縁のことで



あったと思う。





 この度の展覧会は、「円空──その芸術」と名づけてあり、それに水をさす気は



毛頭ないけれども、私にいわせれば彼はけっして芸術家ではない。彫刻家でもない。



自分の内的な欲求を満たすために、鉈をふるって神仏を刻んだまでのことで、それは



毎日ごはんを喰べるように自然な行為であった。その無欲で真摯な姿は、貧しい



人々の心を打ち、そこに「円空信仰」ともいうべきものが生れたが、また一方では、



粗末に扱ってかえりみぬ人たちもいた。本来が人に見せるための作品ではなかった



から、そんなことはどうでもよかったに違いない。たまたま自作の仏像によって、



人が救われればありがたいと思ったであろうが、今日のようなブームを巻き起こす



ことは、むしろ迷惑に感じたのではあるまいか。実際にも、美濃や飛騨へ行って



みると、円空の土産物や贋物が氾濫し、これにはいささかうんざりする。むろん



円空の迫力には遠く及ばないものの、中にはよく出来たものあって、それ程円空の



彫刻は真似がしやすいことを語っている。





 真似がしやすい、──それは他ならぬ彼が素人であったからだ。芸術家でも



彫刻家でもないといったのはそういう意味で、私は世間の「円空信者」のように、



彼の作品を文句なしに美しいとは思っていない。したがって、大した興味も持っては



いなかった。が、ある日、偶然、近江の伊吹村で、太平寺から移されたばかりの



十一面観音に出会い、全身からほとばしる不思議な力に圧倒された。そこには技術を



超えたものがあった。しいていうなら、それは信仰の形としかいいようがない。



この観音さまには長い銘が刻んであり、それを見て私は、彼の彫刻のよって来たる



所を知った。





 その銘文によると、円空は元禄二年三月四日に、伊吹山で桜を切り、五日に加持



祈祷を行って、六日に作ったとある。開眼供養をしたのは七日であるから、まる



一日で等身大の仏像を完成したことになる。なお、漢詩と和歌がそえてあり、ここ



には後者の方をあげておく。





  おしなべて 春にあう身の 草木まで

  まことに成れる 山桜かな





「草木国土悉皆(しつかい)成仏」(仏の恵みにあえば、心なき草木や国土に至るまで、



おしなべて成仏する)という思想を、詩歌に謳ったものに他ならない。





 仏教が渡来する以前に、日本には自然信仰の長い伝統が存在した。山や水を崇拝し、



木や石にも神霊が宿るという宗教の原始形態である。そこにたとえば、自然の樹木に



仏を刻む「立木(たちき)観音」の信仰が生まれたが、円空が実行したのも正に同じもので



あった。別言すれば、仏教が頽廃した徳川時代に、神仏が合体した初期の姿に



還ろうとしたのである。山桜は十一面観音に変身した。自然の樹木さえ成仏する



ものを、いかに貧しく、無知であるとはいえ、人間が救われない道理があるだろうか。



彼は自ら「護法神」となって、髪を逆だて、まなじりを決して、お経を読むかわりに



仏を刻み、貧しき人々の指針となった。それはある一人の修行者の、信仰の証しで



あり、告白でもあった。「芸術」と無縁であるとはいえないが、私はそこに彫刻の



造型美を見出すより、円空という原始人の求道の烈しさを想いたい。





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  来館者の声から

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 □25年程前に、池部良さんと寿司屋(麻布仙台坂下の)で一緒になった

  ことがありました。その時、白洲次郎さんの役をやってみたかったなぁと、

  話しておりました。昨年のNHKドラマで、谷原さんはよく頑張ったと

  思いますね。



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 □“夫婦円満の秘訣は、一緒に居ないこと”・・・実践中です。



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 □春夏秋冬 それぞれ1回づつ伺っています。

  白洲家の素敵な物たちが四季によって変るので、

とても楽しく拝見しています。

2013年2月23日土曜日

冬の一日  ナベヅル


白石川 蔵王 白鳥の飛来地

2013年2月16日土曜日

愚図 - 研 ナオコ



愚図




作詞:阿木燿子

作曲:宇崎竜童



あの娘がアンタを好きだって

こっそりあたしに打ち明けた時

友達だもの「まかせときなよ!」なんて

心にもない事言っちまった

あの娘はまつ毛が自慢の娘で

瞬きしながら人を見るのさ

比べてみたって仕方がないよなんて

独りで勝手に決めていたっけ

あたしって本当に愚図なお人好し



あの娘にアンタを逢わせたのは

アンタと行きたかったコーヒーショップ

「仲良くしてよいい娘だから!」なんて

二人を笑わせてばかりいたっけ

あの娘は精一杯おめかしをして

アタシは色のあせたジーパン姿

一人で矢鱈喋ってばかりいたから



目の前のコーヒーも冷めてしまった

アタシって本当に愚図なおせっかい



早く独りになりたかったよ

そして何処かで泣きたかった

急に重たい心の中に

二人の笑い声遠くに聞こえた

喉まで出かかった言葉だけれど

言わずに先に帰って来たのさ



本当はアンタが好きだなんて

今更言える訳ないじゃないの

アタシって本当に 愚図なおばかさん



本当はアンタが好きだなんて

今更言える訳ないじゃないの

アタシって本当に 愚図なおばかさん

2013年1月11日金曜日

天皇の暴走を止められる人はいない!



面白いなぁ。私道だけに道交法は関係ないからね。
美智子妃も楽しんでるのかな。(笑

男駅・女駅




ちあきなおみ
男駅・女駅
作詞:千家和也
作曲:伊藤薫

 窓ぎわの席だから私の姿に気づくはず
遅れてもチケットはあなたのぶんまで買ってある
いっしょに暮らすしあわせと
はなれて暮らすふしあわせ
いずれのあなたあなたしだいです
男駅 女駅 
明日と今日の境目で
私がひとり外を見る


 人の目がこわいから
装いふだん着化粧せず
新しいスカーフにせめても気持ちをあらわして
他人のままで終わるのか
いちずに愛をつらぬくか
いずれもあなたあなたしだいです
男駅 女駅 
みだれる胸に手をあてて
私がひとり目をとじる
ふたりで落ちるそれもいい
これきりわかれそれもいい
いずれもあなたあなたしだいです
男駅 女駅 
ほほえみながら泣きながら
私がひとりベルを聞く

2013年1月7日月曜日

米紙発行部数

日本の新聞が如何に多いか?
チラシ・TV番組が欲しいがため?バカか、この国は。
 米新聞雑誌部数公査機構(ABC)が1日発表した2011年10月~12年3月の米主要新聞平均発行部数(平日版)によると、3位のニューヨーク・タイムズが158万6757部と前年同期比で73%の大幅増となった。昨年3月に有料化した電子版が伸びたのが主因。首位はウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が維持した。 NYタイムズの内訳は紙が77万9731部、電子版が80万7026部となり、電子版が紙の発行部数を初めて上回った。ABCは1人の有料会員が複数の端末で電子版を利用する場合、端末ごとに1部と数えている。
 WSJの発行部数は横ばいの211万8315部。2位はUSAトゥデーの181万7446部で、前年同期に比べて0.6%減少した。(ニューヨーク=小川義也)

日経 http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM0200I_S2A500C1EB2000/



2012年12月23日日曜日

日本の民主主義化の芽をつんだ“小沢一郎暗殺事件”(大貫 康雄)

2012年12月23日 大貫 康雄 「小沢一郎事件~今様政治家暗殺事件」


小沢一郎氏を対象にした事件は民主党の政権交代の可能性が現実に出てきた2008年11月ごろから霞ヶ関や永田町でささやかれ始めた。その翌年2009年3月の東京地検特捜部による強制捜査以来、小沢氏に対する執拗な攻撃は、変質した末の民主党・野田政権が解散を決めるまで続いた。民主党政権成立前夜から終焉の時まで。戦後日本の政治史上忘れてはならない事件である。

この小沢一郎事件について月刊「マスコミ市民」編集代表の大治浩之輔氏が鋭く本質を突く一文を「マスコミ市民12・12号」に載せている。大治氏は元NHK社会部記者で数々の公害問題の取材で知られる。日本の報道界の大先達。ここに大治氏の了解を得て全文をそのまま紹介する(原文は縦書き。一行当たりの字数の違いは御容赦頂きたい)。

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小沢一郎事件~今様政治家暗殺事件

東京地検特捜部が「小沢一郎事件」を始めたのが、2009年3月3日。戦後初めての本格的な政権交代が実現する2009年8月30日の総選挙の直前であった。政権交代必至の野党党首に政治資金規正法で強制捜査、バランスの取れない異例の非常識な捜査である。

2012年11月12日。その「小沢一郎事件」を東京高裁が無罪判決で締めくくった。

小沢の政治団体・陸山会が秘書寮新築のため2004年10月に3億5200万円で東京世田谷の土地を買った。その取引の届けを、本来の2004年でなく翌2005年の政治資金報告書で届けたのが犯罪になるか。担当秘書は、届がずれたのは、土地の移転登記が翌年にずれたのに合わせたので適法だと思っていたと抗弁。

検察はこれを認めずに秘書を起訴。そして、検察審査会が小沢を強制起訴。『秘書に任せたていた』といえば政治家本人の責任は問われなくていいのか」「市民目線からは許しがたい」という、罪刑法定主義を無視した衆愚の暴論で小沢をも起訴すべしという議決を繰り返し、小沢は強制起訴で被告になってしまった。

高裁判決は、「小沢は秘書が違法な処理をしていると思っていなかった」として“共謀”の成立を認めず、一審に続いて無罪。そればかりか、そもそも担当秘書も「登記に合わせて所有権が移転すると信じていた可能性がある」と認めて、刑事責任を否定した。犯罪は無かった、火の無いところに煙を立てたようなものだ。いったい検察は何を目的として、「小沢事件」を仕掛けたのか。と言いたくなる判決だ。この間に、季節は移り、政権交代への期待と希望は、幻滅と失望に変わっている。

高裁判決の翌日、「小沢事件」が無ければ首相になっていたはずのない野田が、かつて、へなへなと政権を投げ出した自民党の安倍を相手に「11月16日に衆議院解散」を宣言して、幻滅の政権交代の終わりを告げた。

小沢事件と民主党政権は、「始まり」も「終わり」もほぼ同時である(「小沢事件」は検察役の弁護士側が上告をすれば、まだ引き伸ばして小沢を被告の座に置いておくことが可能だった。しかし、野田の「解散宣言」のあと、検察役弁護士は上告を“断念”した)。


この“政権の消長”と“事件の推移”との時期の一致は、「小沢一郎事件」の政治的な狙い・意味を、わかりやすく示している。政治的狙いとは、〈本来、この政権交代を党首として主導するはずであった、一人の政治家を、無実の罪にひっかけてでも、すくなくともこの交代政権が続いている期間、政治の表舞台から追放する〉、ということである。「小沢一郎事件」とは、今様の政治家暗殺事件、つまり「小沢一郎暗殺事件」であった。

日本の戦後の政治の流れからいえば、2009年8月30日の地滑り的な政権移動は、革命であった。それが掲げたのは、内政ではアメリカ型の新自由主義(金持ちはより金持ちに、貧乏人はより貧乏になる自由)からヨーロッパ型の社民主義的な福祉社会への基本的な転換。外に向かっては、アメリカ隷属からの相対的自立とアジア重視、であった。もちろんこれは、旧政権・自民党とそれにつながってきた旧体制支持派(経済界・官僚組織・大マスコミ)と、日本=自民党として対日政策をとってきたアメリカとを、同時に相手に回しての大難問であった。

崖っぷちに隘路を切り拓いていくような仕事だった。政治的なリアリズムと緻密さ、相手の手の内を充分に知り尽くした剛腕も必要だった。鳩山のようにヴィジョンだけというのでなく、ヴィジョンに到達するため、敵に応じて闘いを組み立てられる、味方に引き込むこともできる、リアリズムが必要だった。地滑り的に大勝した民主党の中で、それが務まるのは「小沢一郎」以外にいなかったろう。それを一番よくわかっていたのは、民主党ではなく、旧体制の側だった。だから、彼らは、「小沢一郎事件」が東京地検によって仕掛けられるや、一致協力して、表舞台から消す“暗殺”に手を貸したのである。

12、13日を経た11月14日の朝日の論説面。社説が2本『マニフェスト バラ色に染めるな』『週刊朝日問題 報道の自覚に欠けた』。その右側に政治漫画、「オレの不名誉な日々を誰が返してくれんだ!?」と題して、『無罪一郎』と大書した紙をかかげて“小沢一郎”が道を走っている。つまり、せいぜい言って被害者は小沢一郎・個人どまり、という認識だ。しかし、この認識は間違っている。

検察の強制捜査は、戦後最大の政治の転換点に介入し、いまだ成長過程のデリケートな日本の民主主義化の芽を摘み、自然な成長を破壊した。被害者は国民である。

かりに、小沢一郎という政治家が妨害を受けなければ、この3年間の政治展開は全く別物になっていたかもしれない。政権政党としては素人ばかりのような民主党集団の中で、彼は、例外的に、旧勢力の手口も攻め口も自民党の面々以上に、熟知しており、革命派にして旧勢力にだまされないという隘路を、切り拓けたかも知れなかったから。対米関係も、中国、韓国との関係も、過去の経緯を熟知したうえで対応し、現状とは別の展開になっていた可能性が高い。それらの可能性のすべてが、検察の不当な政治介入捜査で国民から強奪された、盗まれた。そのうえに、自ら小沢外しを強行した民主党の未熟な連中の手で、政権交代は幻滅と荒廃感しか残さないものになった。日本は歴史のターニングポイントで、道をそれてしまった。悲劇だ。われわれは遠回りをすることになるだろう。
公判で、検察の黒い工作が暴露された。秘書の一審公判では、“被告の供述調書が検事の違法な「威迫や利益誘導」で作られた”として、排除された。それどころか、検察審査会の議決を受け、元秘書・石川知裕議員を再聴取したとき、担当検事は検察に有利な架空の内容を盛り込んだ捜査報告書をつくり、特捜部幹部も「小沢共謀の証拠となりうる」という報告書を検察審査会に提出。一審判決で「事実に反する捜査報告書で検察審査会の判断を誤らせることは許されない」と、断罪された。にもかかわらず最高検は、担当検事の「記憶が混同した」「故意ではなかった」と放免している。自律能力も責任感も無い。


東京新聞は判決翌日の朝刊一面コラム「筆洗」で、「▼検察審査会に出された捜査報告書は偽造だった。検察は認めようとしないが、今回の強制起訴は素人の審査会を欺き、有力政治家を葬り去ろうとした東京地検特捜部の『権力犯罪』だった疑いが濃厚である。▼傲慢な検察の世直し意識を助長してきた責任の一端は、マスメディアの側にある。猛省しなければならない」と指摘。社説で、「検察が市民の強制起訴を意図的に誘導した疑いが晴れぬ、生ぬるい内部検証ではなく国会が『検察の“闇”を調べよ』」と主張している。同感である。

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以上が大治浩之輔氏の一文だ。

大治氏は現在77歳。筆者がNHK社会部駆け出しの記者時代の遊軍キャップだった。鋭い視点と強い意志、パッションで毎日、毎晩、担当の記者たちと議論しながら遊軍を率いていた。

大治氏は日本の公害の原点といわれる水俣に入り、有機水銀の被害に苦しむ人たちから話を聞きながら一つのドキュメンタリーの取材制作に関わった。それが、1956年に水俣病が公式に確認されたにもかかわらず葬りされていた実態を明らかにしたテレビ・ドキュメンタリー「埋もれた報告」で、76年、芸術祭大賞を受賞している。ジャーナリストの基本である被害者の視座から考える大治氏でこそ実現した報告だった。


また81年、当時の「ニュースセンター9時」に三木元首相を何度も説得しインタビュー取材した上にロッキード事件5周年の企画リポート制作に関わった。しかし、この放送に時の島圭次報道局長(後のNHK会長)が中止命令を出した時、島報道局長と厳しく対立した。

経歴からもお分かりのように、自由で公正な報道の原則を堅持し、市民に情報で武装してもらうという強い意志と情熱のあるジャーナリストだ。現在は一度退いた月刊「マスコミ市民」の編集代表をヴォランティアで再び引き受けている。

月刊「マスコミ市民」は67年2月創刊以来、日本社会の言論の自由、平和、人権、民主主義の確立を目指した論陣を張っている。言論・報道に携わる者に原点からの姿勢を問う数少ない雑誌と言って良い。

About 大貫 康雄


大貫康雄(おおぬき・やすお) 1948年生まれ。ジャーナリスト、元NHKヨーロッパ総局長。NHK衛星特番『エリザベス女王在位50年』、衛星討論『日本文化とクール・ジャパン』などを制作。著書に『ヨーロッパ・メディアに見る日本・世界』(自由国民社)。


News Log http://news-log.jp/archives/5908


2012年12月20日木曜日

未来の党 全国比例得票明細

減らした!

北海道 81,838

東北 391,216

北関東 387,625

南関東 477,309

北陸信越 178,403

東京 448,689

東海 511,048

近畿 481,603

中国 141,360

九州 260,994



合計 3,360,085

政党交付金見込額(予定)

写真

2012年12月19日水曜日

若者たち 

(1) 君の行く道は 果てしなく遠い
  だのになぜ 歯をくいしばり
  君は行くのか そんなにしてまで

(2) 君のあの人は 今はもういない
      だのになぜ 何をさがして
     君は行くのか あてもないのに

 (3) 君の行く道は 希望へと続く
     空にまた 日が昇るとき
     若者はまた 歩き始める
   
     空にまた 日が昇るとき
    若者はまた 歩き始める




2012年12月17日月曜日

祝当選!参議院議員と合わせて17人の所帯で再出発。

小沢 一郎氏  (岩手4区)
亀井 静香氏  (広島6区 )
畑 浩治氏    (岩手2区)
小宮山 泰子氏 (埼玉7区)
鈴木 克昌氏  (愛知14区)
村上 史好氏  (大阪6区)
阿部 知子氏  (神奈川12区 )
青木 愛氏    (東京12区)
玉城 デニー氏 (沖縄3区)



平山 幸司氏(ヒラヤマ コウジ)  参議院 選挙区:青森県
主濱 了氏(シュハマ リョウ)      参議院 選挙区:岩手県
森 ゆうこ氏(モリ ユウコ)           参議院 選挙区:新潟県
佐藤 公治氏(サトウ コウジ)     参議院 選挙区:広島県
谷 亮子氏(タニ リョウコ)           参議院 選挙区:比例代表
はた ともこ氏(ハタ トモコ)         参議院 選挙区:比例代表 
広野 ただし氏(ヒロノ タダシ)      参議院 選挙区:比例代表
藤原 良信氏(フジワラ ヨシノブ) 参議院 選挙区:比例代表




2012年12月16日日曜日

「道を曲げずに初心を貫く」 小沢・前衆院議員

http://www.asahi.com/politics/update/1215/TKY201212150265.html

■小沢一郎・日本未来の党前衆院議員

民主党政権は)やすきに流れ、権力におぼれ、どんどん当初の志と、当初の原点を忘れて、結局は従来の自民党と同じようにお役人任せ、霞が関任せの政治になってしまった。あげくの果てに、国民に約束したことは何も実行できないままに、ひたすら大増税を強行する。こういうことになりましたことは、みなさんもご承知の通りだ。
 私は自分自身の保身と、自分のためだけを考えれば、政権与党にいれば楽なことは間違いない。野田内閣が消費税を強行するという中でこれを許したならば、地元のみなさんはおろか、全国民にウソをつくことになる。この道を曲げずに初心を貫いて、まっすぐ進みたい。(岩手県北上市内での街頭演説で)



作家 赤川次郎氏の投稿




三つの光景が安全を選ぶ原点


作家 赤川 次郎  (東京都港区 64)

三つの光景を思い出そう。

第一は昨年3月11日、東北地方を襲った大津波の人間の想像力をはるかに超えた凄まじい破壊力。

第二は福島第一原発の原子炉建屋が爆発し、屋根が吹っ飛び白煙が上がった瞬間の身も凍る恐怖。

第三はその原発を「安全だ」と言い続けてきた専門家たちの、現実の事故の前になすすべもなく、ただ、茫然自失していた姿。

その後の言いわけや責任転嫁を消去すれば、その三つの現実こそが私たちの安全を選ぶ原点である。
狭い地震大国に原発を作り続けてきた政党が政権を取れば、原発を再稼働させる可能性が高い。
首都直下型地震も南海トラフの地震も、すべてはこれからなのだ。必ず近い将来、日本はまた大地震を経験する。
次の大地震が起きればすべての原発が無傷でいられるなどと信じる人はいないだろう。
再び原発が大事故を起こせば、どれだけの国土が汚染されるか。自衛隊を軍隊にすれば、放射能が防げるとでも言うのだろうか?
再び原発が爆発したら、子や孫までも放射能の恐怖にさらされるのだ。
有力な政党のスローガンは「日本を取り戻す」だそうだが、ならば福島の人々に元通りの故郷を取り戻させるのが先決だろう。